「あっ……」
 さて帰ろうか、と生徒会室を出て、下駄箱から見えた外の光景に呆然とする。
 突然の夕立。
 僕の苦手な雨。しかも、今日はお気に入りの傘もない。家までそう遠くはないが、この強い雨脚ならずぶ濡れ決定だ。
「……はぁ」
 僕の幸せが今日も一つ逃げた。
 その時、背後から見知った声と重みがやってきた。
「まーた、ため息?」
 僕の首に腕を巻きつかせて体重をかけてくるのは、隣の家の子である副会長。いわゆる幼馴染だ。真面目人間を絵に描いたような容姿の癖に、口を開けばただのチャラ男だ。詐欺だと思う。
「ずぶ濡れになるな、って思って」
「ふぅん、そっか、雨苦手だもんねー。よーし、オレと一緒に帰ろうか」
「傘あるの?」
「あるよー。オレってば超用意いいー」
 フッ、て笑う顔が格好いい幼馴染様は、たいそう機嫌よく開いた傘をくるくると回す。
「さてと、ラブラブ相合傘で帰ろっか」
「……言い方がなんか腹立つけどお願いします」
 濡れるより幼馴染の軽口に付き合ったほうがマシだ。
「えー、ラブラブじゃん、オレら」
「いつから?」
「お隣さんになった時から」
「赤ん坊の頃からな訳ないし」
 他愛ない話をしながら土砂降りの中を歩き出す。
 一人きりならふさぎこんでしまいそうな強い雨だけれど、こうして会話しながらだったら、そこまで気にせずともすぐに家に着きそうだ。
「そういや、周りからオレらって見た目と中身交換したほうが良いって言われてるの知ってるー?」
「は? なんで?」
「それはオレの見た目が真面目人間で、オマエがチャラ男だから」
 今の発言を幼馴染様はすぐさま撤回すれば良いと思う。僕はシルバーアクセサリーが好きでそれに合わせた服装も大好きなだけで、別にチャラ男を目指しているわけじゃないから。
 それに僕は会長みたいに男前でもないし、目の前の人物ほどキリっとした顔をしているわけでもない。世間一般的に言えば甘いマスクと称される顔をしているから、今の格好のほうがしっくりくるとは妹の弁だ。
「僕はチャラ男になりたいわけじゃないし。気になるならそっちが変えれば良いんじゃない?」
 想像付かないけど、と思いながらも言えば、嫌だ、と即答してきた。
「えー、だってその方が周りに意識されてていいじゃん。オレ的には超優越感にひたれるしー」
「相変わらず思考回路が意味分からない」
「いいのー。オレらが幼馴染でラブラブなのには変わりないからー」
 ラブラブな訳はないけれど、さりげなく濡れないようにかばってくれてるとことか、いつも優しさには溢れてる。誰にでも優しく接するチャラ男だからなせるワザかな。
 でも雨の日に一人で帰るのはやっぱり好きじゃないから、多少不本意なことを言われても、こうして軽口を叩きながら帰るのは嬉しい。だから少しだけその軽口に乗ってやろう。
「はいはい、ラブラブ相合傘ありがとう。助かった」
「どういたしましてー。またやろうねー」
「……傘なかったら」
「だったら毎回忘れてよ」
 家に入ろうとした瞬間、そんな声が聞こえてきて僕はまだ近くに居た幼馴染の顔を見上げる。なんだか泣きそうな声に聞こえたのは気のせいだったのか、ふわりと笑う幼馴染の顔。
「また明日」
「うん、また明日」
 ひらり、と手を振って狭かった傘から出る。
 相合傘の名残で少しだけ濡れた肩に、幼馴染の泣きそうな声と笑顔が思い出された。
 そんな僕の相合傘テンション。


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