けほけほ、と力なく咳き込めばちらりと向けられる会長の視線。
 今、生徒会室には珍しく僕と会長の二人だけだ。他の人たちはたまたま出払っていた。
 会長はすぐに僕から視線を逸らして、先ほど僕に渡された書類に目を通し始める。
 視線が消えたことで僕は少しホッとして、肩の力を抜いた。
 どうも朝から調子が悪くて咳が止まらない。マスクをしてきてはいるが、どうやら風邪を引いてしまったようだ。
 貧弱な訳じゃないけれど、季節の変わり目はどうしても風邪を引きがちだった。
 でも、もう少しで体育祭があるから仕事は山ほどあるし、自惚れる訳じゃないけれど僕が焚きつけなければ皆仕事をしようとしない。
 そういえばなんかいつも僕に小言を言われるのを待ってるみたいにも見えるんだけれど、皆そろってまさかのM属性なのかな?
 そんなことを想像したら具合が悪いのが、更に酷くなったような気がする。
 さっさと今日の分の仕事を終わらせて帰って寝よう。変なことを考えるのは体調不良だからだ、きっと。
 うつしたくもないから本当はすぐ帰った方が良いのかもしれない。
 どうしようか迷いながら軽く咳き込み、小さなため息を吐く。
 でも、と僕は思い出す。生徒会室には僕と会長以外は誰もいないのだから、ここはやっぱり仕事をした方が良い。 
 僕は再び目の前の書類に視線を落とした。

 その瞬間、ことり、と机の上に置かれたカップに目を見開く。そのままカップから視線をあげればそこにいたのは会長で。
 これはもしかしなくても会長が入れてくれたんだろうか。
 あのいつもふんぞり返ってるオレ様会長が?
 カップから漂ってくるのは甘いはちみつの香り。
「……はちみつレモン?」
「おとなしく飲んどけ」
「えっと……ありがとうございます?」
 会長の行動が珍し過ぎて疑問系でお礼を言ってしまう。多分、心配してくれての行動だと思うから素直に嬉しいのだけれど、いつもこき使われるだけだから後が恐ろしいと思ってしまった。
「オレはいつもオマエの働きに期待してんだよ」
 会長の言葉になんだかとても恥ずかしくなる。
 ニィ、と口端をあげて笑う会長は見惚れてしまうほど男前で、不覚にもときめいた。珍しく褒められたから相乗効果だろうか。
「うぁ……はい。頑張ります」
 なんだか視線を合わせられなくて俯いて答えれば、さっさと風邪治せ、と僕の髪をくしゃくしゃと撫でて会長は自分の席へと戻っていく。
「あと、それ飲んだら帰って寝ろ」
 熱はまだなかったはずなのに、顔が火照って頭がぼうっとしてくる。
 会長のせいでなんだか風邪が悪化したみたいなんだけれど、どうしてくれよう。

 猫舌の僕はまだ熱くてはちみつレモンが飲めないから、両手でカップを持って息で冷ましながら書類に目を通す。
 でも、その文字は火照った頬と撫でられた頭の感触のせいで少しも頭に入ってこなかった。
 やっぱり、会長に言われたとおり今日は帰って大人しく寝よう。そして、明日は元気になって仕事をしよう。

 鼻をくすぐる甘酸っぱい香り。
 せっかく労られたはずなのに、何故か悪化してしまった僕の風邪引きテンション。

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