ゆったりと青い空を流れる雲を眺めながら長い廊下を歩いて生徒会室へと向かう。見ていてすがすがしくなる空だ。
 僕のクラスは早めに授業が終わったから、きっと僕が一番乗りだろうなあと思いながら生徒会室の扉を開ければ、ベランダの方から大きな音が聞こえた。
 どうやら先客がいるようだ。
 珍しいこともあるものだ、とベランダに近づくと、そこにいたのは驚いてガーデニング用具を入れたバケツを落としたと思われる、もう一人の書記である寺水旭(てらみず あさひ)だった。一つ年下の寺水は不真面目な生徒会メンバーの中でよく仕事をこなしている方だと思う。
「颯(そう)先輩、早いですね。誰も来ないと思ってたからびっくりしました」
「僕の方こそ驚いた。まだ授業中だからまだ誰もいないと思ったし」
 大きな瞳を更に大きくしながら寺水はバケツを拾い上げながら言う。僕は周りに散らばった用具を拾って寺水にそれを手渡した。受け取った寺水は用具を丁寧に仕舞いながら苦笑する。
「今の時間、自習だったんです。たまたまぼうっと窓を見上げたら青空が広がってて天気良いなーって思った瞬間、大きくなった子たちを今のうちに植え替えちゃおうって思いついて、いてもたってもいられなくて抜け出して来ちゃいました」
 生徒会の仕事中にはさすがにできませんし、と寺水は言う。
 確かに仕事中には植え替えなどできないだろうし、なんだかんだで時間を取られて個人的な趣味の時間は皆無に等しい。悔しいことに僕と寺水以外はそんなこともなさそうだけれど。
 比較的常識人の寺水が趣味の時間にと割けたのは、自習の時間だけだったのだろう。僕も趣味の時間に割くとしたら自習の時間を使うと思う。
 寺水が不安そうな表情を浮かべているのは、いつも小言を言っている僕にお説教でもされると思っているからだろうか。
 課題が出ているならそれをやらずにさぼっちゃ駄目だとは思うけれど、寺水はそういったものを放棄するようなことはしない子だ。僕はそれを知っている。それに学校運営の為に尽力して努めている寺水にだって息抜きが必要なのも分かっている。息抜きする時間すらなかなか取れないのだから、課題の出ていない自習の時間を有効活用するのは間違っていないと思う。
 だから安心させるように笑って、寺水のさらさらとした髪を優しく撫でた。
「植え替えができて良かったね。疲れてるときにベランダにくると落ちつくのは、ちゃんと管理してくれてる寺水のおかげだよ。ありがとう」
「い、いえっ、そんなっ……」
「僕、花を見るのはすごく好きなんだけど、ガーデニング知識皆無だから自分ではこのベランダを維持できないんだよね。寺水が世話をしてくれて感謝してる」
 そう告げたら寺水は、ほわん、とした笑顔を浮かべる。あぁ、いつもの癒しの笑顔だ。
 荒んだ生徒会室に癒しのパワースポットがあるとしたら、それはこの笑顔だといつも思う。寺水はほんわか癒し系だ。
「少しでも颯先輩のお役に立ててるなら嬉しいです」
「すごい効果覿面だから安心して」
 二人で笑いあっていると、いつの間にか授業も終わって生徒会の面々が来ていたらしい。
「もー、そーちゃんはオレにだけ笑ってればいいのー」
 馬鹿なことを言っていつもの如く背後からぎゅうっと抱きしめてきたのは副会長の坂巻郁斗(さかまき いくと)で、会長の龍崎奏(りゅうざき かなで)は僕の髪を軽く撫でて自分の席へと着く。会計の成田水樹(なりた みずき)はどこかで昼寝中だろうから、今から探しに行かなくては。
 抱きついたままのいくを振りほどき、癒し笑顔を振りまいている寺水の顔を確認して、僕は癒されテンションのまま成田を捜しに生徒会室を後にする。顔がちょっとにやけたままかもしれない。ほわほわと浮かれたままで気分も上々。
「ちょっと成田を捜してきますね」
 ぱたん、と閉じた扉の向こうでいくが「かーわーいーいー!」という奇声をあげているのが聞こえたけれど、僕は何も聞かなかったことにして廊下を歩き出す。
 良い天気だし癒されたし最高だなーと思っていた僕は、僕と寺水が笑いあっている光景を見て、いくと会長が癒されていた事実なんて知る由もなかった。


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